/日本の花と言えばサクラであるが、日本では固有種を含む10種の野生種が存在し、園芸品種を含めるとその種類は300種とも600種とも言われる。中でもソメイヨシノは江戸時代末期に豊島区駒込の染井村でオオシマザクラとエドヒガンザクラの交配種として初心声を挙げ、淡紅色の一重の花、葉が出る前に枝一杯に一斉に咲き、2週間ほどで桜吹雪となって散る様は、お花見にぴったりであった。日本人のワビサビの感性をくすぐる。明治時代に瞬く間に全国に広がり、今では南は種子島から北は北海道までソメイヨシノの桜前線が北上していく景観は誰もが春の訪れに歓喜する。しかし、ソメイヨシノの寡占状態は生物多様性の観点から問題でもある。
昔桜と言えば吉野千本桜に代表されるようにミヤマザクラやオオヤマザクラを含むヤマザクラの種を中心に様々な桜が短歌としてよく歌われ愛でられてきた。
世の中に たえて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし (在原業行)
散ればこそ いとど桜はめでたけれ 憂き世に何か久しかるべき(詠人知れず)
11月初旬に久しぶりに多摩森林科学園へ秋咲きサクラをみるために訪れた。残念ながらサクラ保存林区域は整備作業のため立ち入り禁止であったが、当園の関係者からJR高尾駅から科学園に向かう途中の街路樹として植えてあることを教えられた。確かに、子福桜(コブクザクラ)と十月桜(ジュウガツザクラ)数本が、ひっそりと花を咲かせていた(写真1)。ソメイヨシノを見慣れた私には多く咲いても2,3分咲きでちょっと物足りない。さらに、花びらは散ることもなく、蕚とともに朽ちる姿はあまり詩心を誘う風情ではないように思われたが、その一輪一輪は淡紅色でとても可愛い。
写真1左 コブクザクラとその花 撮影:2024.11.5 写真右 十月桜の花

10月桜は秋に咲く桜の一般名ではなく、ジュウガツザクラという品種名であることに、恥かしながら、筆者はこれまで無知だった。秋咲き桜には上述の2種の他に、冬桜、四季桜、不断桜、アーコレードなどの園芸種(写真2)があるそうだ。十月桜は野生のエドヒガンザクラとマメザクラの交配種の淡紅色の八重の花、冬桜はオオシマザクラとマメザクラの交配種の白色の一重の花、最後のアーコレードはイギリスで開発された桜で本国では春に花を咲かせるが、日本では秋に咲くと言う。桜の開花は季節に敏感である。何故イギリスで?の疑問が湧くかもしれないが、イギリスと日本の桜とは深い関係がある。このことついては何時か触れてみたい。
写真2右 フユザクラ 写真中 シキザクラ 写真右 アーコレード

ソメイヨシノも秋に咲くこともあるが、地球温暖化が一つの原因に挙げられている。しかし温暖化と言うより通称サクラケムシなどの幼虫による虫食いや暴風雨などによるに葉の甚大な被害により、葉での休眠ホルモン(アブシシン)の産生がひどく低下し、秋冬期の休眠に入れないことがほんとうの理由らしい。夏に出来た花芽が休眠できず成長し続けた結果で、本来の姿ではなく、“狂い咲き”したのである。一方、秋咲き桜は普通秋冬期に花芽の3分1程度が咲き、残りの大部分は春に咲くことはよく知られている。しかし、晩秋には、昆虫も少なく、受粉できたとしても種が熟成するには寒すぎる。この時期に開花するメリットはほとんどないように思うのだが。
最近、桜の共通の先祖は遠くネパールのヒマラヤ山地であることを知った。1967年にネパール国王から送られたヒマラヤザクラが日本の各地で育てられており、本種は秋に開花すると言う。ヒマラヤには秋ばかりではなく春咲きの桜もあるそうである。日本の桜は何十万年も掛けてネパールから遥々日本に辿りついた。四季がはっきりしている日本では厳しい寒い冬を生き残るために冬期に休眠する能力を獲得したと考えられる。江戸期に日本に自生する野生種の交配によって一部先祖返りした桜が秋咲き桜ではないか、という学説には納得力がある。
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