27.タマノカンアオイ

/5月初旬、仲間と行くハイキングコースを下見するために多摩丘陵の小野路里山の尾根道を歩いていた時、連れの家内が「これカンアオイではないの」と呼び止めた。光沢のある濃緑色の、ハート形の葉の野草が尾根道の脇に塊でひっそりと佇んでいた(写真1)。葉を開けて根元をみると、土に半ば埋もれるかのキノコ様の花、まるでラフレシアのミニチュアを思わせるような奇妙な花は、タマノカンアオイのものであることがスマホで確認できた。牧野富太郎博士が発見し名付けた植物である。かつて多摩地域の広範囲に存在していたこのカンアオイも度重なる乱開発によって生息域を追われ、さらに、里山が放置されるにつれてアズマネザサが繁茂しため、今では絶滅危惧種IIに指定されるまでに激減した。

 三つ葉葵は、よく知られているように、徳川家の家紋であるが、これはフタツバアオイに由来すると言う。タマノカンアオイはこれと同じウマノスズクサ科の仲間である。多摩地域にはタマノカンアオイの他に、カントウカンアオイとランヨウアオイが偏在しているとのこと。カンアオイの種類の多さでは日本は突出していて50種にも上ると言われている。あの広大な中国ですら3種しか見つかっていないとか。日本は正にカンアオイのホットスポットなのである。この島国での多様化は遺伝進化学的に大変興味深いとのことであると言う。

/写真1左:タマノカンアオイ 右:タマノカンアオイの筒状の花 (2024.5.10) 

/カンアオイの多様化の要因の一つとして、生息域の拡大の速度が、1万年に1kmと極めて遅いことが挙げられると言う。これはカンアオイの特異な受粉形態に基づいている。カンアオイは花をキノコ様に擬態し、小さなキノコハエを誘き寄せ花粉の運搬を委ねている。その種子はアリに運んでもらうと言う。ハエもアリも極めてローカルな存在で、山河を超えて生息域を拡大する力はない。加えて、種子の発芽率も悪いと言うから、結局、繁殖能力もとても低いことになる。それなのに何故数百万年も生き延びてきたのであろうか。それは恐らく、尾根の北斜面の落葉樹の林床と言う極めて厳しい環境に適応できたからであろう。

夏は緑に覆われて林床まで光は届かない、冬、樹木は葉を落とし、光は十分に林床に届くけど強い北風と寒さで光合成の活性は低い。普通こんな場所に植物は棲めない。こうした厳しい環境に適応したカンアオイは草本では珍しく常緑の多年草で、冬でも濃緑色の葉をつけ、光合成できる。

東京薬科大学生命科学部の野口航教授によれば、カンアオイはこのように厳しい環境を生き抜くための光合成の特徴を持つと言う。教授は、タマノカンアオイのカロテノイド量を詳細に調べ、夏に多いαカロテン、ビオラキサンチンが秋から冬に少なくなり、代わりに夏には少なかったβカロテン、ゼアキサンチン、ルテイン、アンテラキサンチンといった色素が冬に増えることを突き止めた。つまり葉の光合成色素が光の強さが異なる季節によってダイナミックに変化することを明らかにしたのだ。さらに、寒い北風を避けるために林床に這うように生え、落ち葉の下の微生物の呼吸によって発生する豊富な二酸化炭素を利用して光合成を活性化させると言う。他の植物にはできない技で生き延びてきたのだ。

 さて、カンアオイの固有種の多様性はどのように説明されるだろう。そのカギはやはり分散速度が地層の変化に匹敵するくらい遅いことによるものと思われる。多摩地域のカンアオイの分布に関する植物地理学的考察によると(学芸地理75号2017年、pp.3-15、小泉武栄)、過去数百万年の間に、多摩地域では相模川と多摩川は何度となくその流域や方向を変え,その度に多摩地域は分断、結合を繰り返してきた。分散速度の遅いカンアオイはこの地形の変化にさえついて行けず、それぞれの丘陵に取り残されて孤立し、謂わば、ガラパゴス化し、それぞれにおいて固有種として進化してきたと言うのが、その実態らしい。  カンアオイが益々愛おしくなった。

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/後日、愛しいカンアオイを探しに多摩丘陵の西の端に当たる都立長沼公園を訪れた。長泉寺尾根を登り始めて直ぐに、カンアオイらしきものが見つかり、Wow!と叫びたくなるほどに歓喜した。その後次々と見つかり、この尾根は一大群生地であることがわかった。葉の形やサイズ、色、斑入り、など様々なカンアオイがあった(写真2)。同種なのか、異種なのか、判断できないので、帰宅後ネットで調べたけど、分からない。花で判別できると言うことなので結論は来年春までに持ち越し。多摩丘陵には主として3種、タマノカンアオイ、カントウカンアオイとランヨウアオイがあると言う。下記の画像はカンアオイのもと思われるが、どれに当たるのか現時点では筆者には分からない。

/写真2 長沼公園で見つけた3種のカンアオイ? 撮影:2024.5.29


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