25.リョウブ

/今回は91号棟のM.S.さんから寄稿が届きました。リョウブ(令法)という小高木の花木ですが、その昔、為政者が法で定めるほど大切にされていた樹木だったとは、知らなかった。以下、お楽しみください。

 /私たちの住宅地に令法(リョウブ)という木がある。今分かっているのは六本であるが、以前はもう二本立派な大きいのが八五棟横の路地沿いにあった。どんな理由か知らないが、最近二本とも伐採された。その切り株からは数年の間 ひこばえが伸びてきたが、その度に切り取られている。

令法は6、7月に白い穂状の花を咲かせる(写真1)。私は付けられていた札によってその名を知った。その木を見てから二十年以上も経ったころ私はアララギの歌人土屋文明の歌集『青南後集』に              

  ただ一人令法飯(りやうぶめし)知りし甲斐の友望月(ただし)亡くて幾年

                (昭和五十四年作)

という歌に出合った。この「令法飯」は令法の若葉を炊き込んだ飯のことである。令法は『広辞苑』に「ツツジ科の落葉小高木。日本にはこの科はこの一種のみ。高さ約2~5メートル。山地に自生。6月頃、白色の小5弁花を長い穂状につける」と説明されている。ある事典には、「救荒植物となる」とあるから凶作のときには食料、つまり糅飯(かてめし)の材料に用いた時代があったのだろう。右の歌を含む一連には、

  年々の八月白き令法の花今朝も来て立つここは甲斐の国

がある。友人を偲ぶためでもあろうが、文明は令法の花に惹かれていたのである。結句を「ここは甲斐の国」としたところには何か意味があるような気もするがいまは詮索を控えたい。私も令法の花をきれいだと思うし、さらに辞書の説明で知った今、春の若葉が山菜としていかにも旨そうに見え、観賞するだけで済ませられるかどうかと自らを案じている。

 右の一首目について思うことがある。「ただ一人令法飯知りし」の「ただ一人」とは、狭く考えれば甲斐のアララギ会員の中で、ということになるだろう。広く見れば、甲斐の国でということになる。さらに、明治23年に群馬県上郊村という寒村に生れた文明もよく憶えていることであるのに、この甲斐の国で憶えている人が「ただ一人」とは時代も変わったものだという感慨であるとも解することができよう。

 さて、以下の言説は何の根拠もない想像であるが、令法という名前の由来について思うことがある。植物の名としてはいかにもあじけなく無骨すぎはしないか。この二文字を入れ替えると「法令」になる。私の想像はこうである。『広辞苑』の説明は「材は諸種の器を作り、若葉は煮て食用とする。古名ははたつもり(畑つ守)」と続いている。

「畑つ守」、この木は畑を、つまり生活の根底を支える木なのである。食料になり、生活用具の材料になる木なのである。このような貴重な木を粗末に扱うようなことがあってはならないと為政者・藩主は考え、その保護、栽培を督励しようとして法令のような名で呼ぶことにしたのではないか。古名の畑つ守よりも強く保護、栽培を強いる感じの名がいいと考えたのではないかというのが私の想像である。「法令」は古い和語ではないだろうから、大陸から文書が伝わって以後に用いられた語であろう。そして曖昧な「はたつもり」をたちまち凌ぐようになったのではないかと想像するのである。

植物の専門書にも、推測であることを前提にして同様のことを書いているが、「令法」は命名のしかたが普通ではないではないか。普通は、草木の特徴〈姿形、大きさ、用途、匂い、色彩、味覚、等々〉に基づくのではなか。さらに、為政者の意図を反映しているのはこの令法だけではないはずだと思わないわけにはゆかない。

 なお、私は四、五年前に長野県の蓼科高原の森に行ったときに折しも花を持つ令法の群落を見た。今、令法が人の生活の場の近くにあるかどうかは知らないが、公園に植えられているのを見ることはある。

 私たちの家の近くの令法の花は蕾の期間が二か月続いていた。このことは特徴のひとつではなかろうかと思うが、これはどこにも書かれていない。

 「令法」の花言葉は「溢れる思い」だそうである。

【補足】右の文章を書いた後で佐佐木信綱に令法を詠んだ歌があることに気がついた。昭和11年刊行の『椎の木』所収の「仙石原」一連中の次の二首である。

  テニスの玉それあたり令法の花白き(しろき)細花(こまばな)ほろほろ散るも

木下(こした)道ひるくらくして散りたまれる令法の花のこまやかに白し

/写真1左 リョウブ(リョウブ科リョウ ブ属)の花: 枝先に長さ15 cmくの総状花序を数本出して、多数の純白の小花をつける。(写真1右)リョウブの葉と幹: 葉は長さ10cm, 楕円形、先の尖り、細かい鋸型の肉厚の葉。幹は褐色で、皮が薄く剥がれまだら模様になる。夏ツバキの木肌によく似る。


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